やそはちの米作り日記

東京農工大学の有志メンバーで作られた「やそはち」が千葉県香取市で農家の方にお借りして、お米を作ります!

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コ、コメコー


こんばんはー


自作のカレーをスパイシーなトマトスープのような味にしてしまい、レシピの重要性を肌身を通じて感じた平塚です。



今回は、米粉について少し書いてみようかと思います。


皆さんは米粉をどのように見ているのでしょうか?


私が米粉という言葉を知るようになったのは高校生になってからのこと。


日本の米粉利用は奈良時代の遣唐使が起源とされており、型を作って油で揚げた煎餅や環餅(まがり)のような唐菓子として利用されていました。
その時から今日に至るまで、私たち日本人は米粉を馴れ親しいものとして認識しているようですね。


しかし、それほど知名度は高くなかったのではないかと私個人は思います。

その米粉が最近になって突然注目されるようになってきていますが、なぜ米粉が注目を浴びるようになってきたのでしょうか。


理由の1つに食生活の変化、現代風に表現するなら食の欧米化が挙げられます。


1870年頃に興った明治維新を始めとして、1945年に終戦を迎えたことを境にグローバリズムが世界に浸透し始めたことにより世界各国の文化に触れる場が拡大し、鎖国的だった日本は様々なカルチャーショックを受けながら「食」のスタイルを多様に変化させてきました。


パンや麺類といった小麦粉を使用した食品はもはや私たちの生活とは切っても切り離せないほどに身近なものとして日常に存在し、人によっては米の方が非日的になっている家庭もあるのが現状です。


「働き過ぎの時代」と称されている現代は今日の「食」に簡略化を求め、加工食品の開発をもたらしています。


その結果、食糧自給率の低下を引き起こしている1つの原因ともなってしまっています。


近頃250%という高い関税の下、小麦の輸入が促進されており、今問題視されているTPPによって貿易の自由化が行われようとしていることも自給率の低下に拍車を掛けてしまうのではないかと、私は薄々危惧しています。


そんな中、休耕地の利用を促進し日本の食糧自給率アップに貢献し得る米粉が見直されるようになってきました。


かつて日本の食料源となっていたお米は戦後海外の食物が輸入されるようになったことで、政府は減反政策を実施しましたが、小麦粉の普及とその加工食品の多様さによりお米の食品枠は狭まる事になったのが根本的な原因と考えられます。


形を様々なものへと変容を遂げる小麦粉に対抗する手段として、米粉の利便性が見直されることになり、それまで在庫に保存されるだけであったお米が姿を変えることで保存性や多面的用途を得ました。


実際、米粉パンや米粉を使用した麺、米粉ドーナツなどの米粉食品が普及しており、ベトナム料理のフォーも今日では日本でも簡単に食されています。


しかし、製造コストや原料の面から価格が高値になってしまうのが難儀なところ。


個人としては生産コストを削減できれば多少でも日本産のお米は守られるのではないかと思いました。




さて、たまにはこういう中途半端な終わり方もありなのかなと思ったので、ここらで引き上げようと思います。


決して眠かったからではありません。


では、これで。



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やそはち始動への意気込み?

こんばんわ。

早いもので、今年も残すところあと321日となってしまいましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

「ALWAYS三丁目の夕日」に感動を覚え、今にも夕日に向かって走り出してしまいそうになっている、
どーも、平塚です。

いやぁ、いいものですね!映画というのは、実に♪
面白い映画をもっと見ていきたい次第です。どなたかお勧めの映画をご存知でしたら教えていただければ嬉しい限りです。

それにしても、最近はやる気の欠乏に拍車がかかり、DVDのレンタルに出かけようとする気も湧かなくなるときがあるくらいですね(笑)



さて、そんな個人的な駄文染みたことはひとまずここらで終わりにしましょう。


今回はローテーションの初回ということなので、テーマを私の『お米と私』について以下、書いていこうと思っています。


というわけで、、、


「皆さんにとって、お米、はどのようなものですか?」


を問題提起として掲げ、話を進めて行きましょう。


と、いい具合に切り出したは良いのですが、私の中で米のイメージとは、和食の中の主食にあたるもの、という漠然かつ特に強い印象を抱いていないのが正直なところですね。


日本の食糧自給率の中心的な穀物、古来からの主食、食文化の主体、「食」と「農」の原型、など様々な言葉でお米を表現することはできると思いますが、如何せん経験が浅いため口にはできても理解ができていないのが現状といったところでしょうか。


今私たちが生きている世代は、「食」が習慣化され、お金という「交換手段」の利用方法・大切さを学び、ただ形骸化されている食品を購入し食すことで、食物のありがたみを錯覚している環境に立っているような気がしてなりません。


特に味にうるさい訳でもなく、「米」の素晴らしさを経験をしたわけでもないまだまだ未熟な私がこのような事を申し上げるのも失礼な話かもしれませんが、農業関係の活動を行っているとどうしても腑に落ちないのです。


本来なら、私たち農学部の学生らが中心となって「農」という枠組みに一般の人々が触れてもらう機会を提供していくことが必要かと思われますが、個人としては、そういう仕事に携わるにせよ携わらないにせよまずは自分で体験してみないことには何も始まらないと考えていますね。


講義で学習した「曖昧な」知識とは裏腹に、現実に自分のプラン通りの育成が可能なのか、これは農家さんや研究で苦悩している方々にしかわからないことです。


そこで、私はやそはちの「米のフードシステムプラン」を通して「米」の理解を深めることで、「農」における「米」の位置づけと「農」に対する見方・考え方を養うことができればなぁと、比較的気軽にプロジェクトに取り組もうと思っています。


何とも理解しがたい表現になっていますが、要は、

米のイメージ作り

が私の活動目的です。


初回と無知さ故、中身はだいぶ薄いですが、いつになく少々真面目に文章を綴るのもレポートくらいなもので、普段の文体と雰囲気が異していることに若干の違和感を感じている、まーくんからの報告でした(^^)


皆さんも、「米のイメージ」について何かありませんかー??

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