やそはちの米作り日記

東京農工大学の有志メンバーで作られた「やそはち」が千葉県香取市で農家の方にお借りして、お米を作ります!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7月21日(小見川祇園祭)

あ、ども、はじめまして。マキタというものですm(__)m
田んぼに跳びこみたくなったとき、人生に疲れそうにになった時にフラリと姿を現す
やそはちボランティア(?)でございます。怪しいものではありません。


やや報告が遅れましたが、今回は僕とザキ(高橋)、まっちゃん(平松)、ピコ(岡田)、やべっち(矢部)の五人で小見川のお祭りに意気揚々と乗り込み、そして男どもは汗と神輿と共に散っていったお話をしていきたいと思います。ちゃんとまじめな話も書くから安心してね(`・ω・´)b


さて、今回我々が参加した小見川祇園祭というものですが、まあ詳細は以下のURLから。

香取市 小見川祇園祭

・・・って、あまり詳しく書いてないですね汗

地元の方に聞いた話によると、昔、香取市の小見川地区は関西の地域と水運事業などで交流があったらしく、その交流を通じて京都の祇園祭の流れをくむ小見川祇園祭が誕生したのだとか(かなり記憶が曖昧なので、間違っていたらごめんなさい)。かなり規模の大きなお祭りで、後述しますが一地方のお祭りにしては珍しく国道(!)を全面規制してまで神輿や山車を出動させるという凄いお祭りなのです(ノ ̄□ ̄)ノ



さて、そんな小見川祇園祭ですが、、、
まずは祭り用の衣装に着替えます。
IMG_1651_convert_20120725215308.jpg

ちなみに、この時点で僕と人見さんは既に酒を飲んでます。地元の人曰く、少量の酒をひっかけた方が体が柔らかくなって良いとのこと。本当かよ。。。(-_-;)
幸い、お祭り中に酔っ払ってダメになることはありませんでした。
あと、手前のグラサンのオジサンは地域の一般の方です。
決してアチラの世界の方ではございません。

また、写真の場所は今回お世話になった地区の方の敷地内にある木造小屋なのですが、昔は米の保存を行っていた場所らしく、興味深い構造をしていました。伝統と文化が根付いている地域では、このように身近な所に歴史ある建物が残っていたりします。閑話休題。



さて、いよいよ祭り本番。今回、我々男衆は神輿を担がせていただきました!
その神輿がこれです!


mikoshi kai


とても立派な神輿だということが見てわかると思います!!実際に見ると更に迫力があります!
これは試験期間中にも関わらず参加したバカ猛者どもだけの特権ですね!(ドヤ顔)


さて、ではさっそく神輿を担ごう!・・・というわけにはいきません。実は、この地域では神輿を担ぐ前に毎回、ある儀式(のようなもの)を行うのですが、さて、それはなんでしょうか??

①踊る
②酒を飲む
③抱き合う





答えは①番!神輿を担ぐ前に毎回、神輿を囲んで地域に伝わる踊りを披露するのです。その様子がこちら。

IMG_1655_convert_20120725221225.jpg

太鼓や笛の音で調子を合わせて踊ります。分かりにくいかもしれませんが、一連の動作は決まっており、お祭りの終盤になるまでに少し覚えることができました。いつか披露する時が来るかもしれませんね(*^^)ちなみに、波や漁をイメージしたような動きがあったので、お祭りの成立と何らかの関わりがあるのかもしれません。


音楽の曲調が何度か変化した後、いよいよ神輿を担ぎます!最初は要領を覚えるために見学。

神輿を肩に担いで、まずは普通に持ち上げます。そして、その後がこれまた独特なのですが、担いで歩きだす前に、なんと神輿を三回宙高くに上げるのです!!その様子がこちら!

DSCN1426_convert_20120725222347.jpg

なんと勇ましい。。。てゆうか、これ、俺たちもやるの!?(やりました、はい。)

この動作、地元では「さす」と呼ばれてます。
この動作を、神輿の担ぎ始めと担ぎ終わり(!?)に三回ずつ(!?)行います。


さて、お察しのよい皆さまならそろそろ分かっていただけたかと思いますが、
このお祭り、恐ろしくハードです。そして、ハードなのは動作だけではありません。


とりあえず担ぎます。

DSCN1431_convert_20120725223215.jpg

お分かりになっただろうか。

そう、この神輿、半端なく重いのです。おそらく一トンくらいあります。それを24~28人くらいで担いでいきます。ひとりの肩(しかも片方)にかかる負荷、およそ40キロ。

そして、何より恐ろしいのは、神輿を担ぐ時間の長さ。
休憩をはさんで昼12時から夜10時まで、約10時間担ぎ続けるという、なんかもう祭り通り越して何かの修行なんじゃないかっていうくらいの凄まじさです。

DSCN1433_convert_20120725224342.jpg
筆者も人見さんも必死に担いでます。

DSCN1464_convert_20120725224712.jpg
田んぼの真ん中でも担ぎます。


DSCN1457_convert_20120725225247.jpg

しばし休憩。ヘトヘトです((+_+))


さすがにぶっ通しで神輿を担ぐなんてことはせず(てゆうかそんなことしたら粉砕する)、ところどころで休憩をとります。場所は各地区の公民館だったり、広場にブルーシートを引いた場所だったりと様々ですが、どの場所でも地域の方が飲み物や軽食をたくさん用意してくれています。こういった場所で水分と栄養を補給し、漢はまた神輿を担ぐのです。。。
ちなみにお酒もばんばん出ます。勧められたらさすがに断れず、飲んじゃいました。そういえば午前中から飲みっぱなし。。。

あと、やべっちは神輿担いでないけどばくばく食べて飲んでました。



話題は変わりますが、最初の方の写真で気付かれた方もいると思いますが、実はこのお祭り、子供も神輿を担ぎます。といっても、我々と同じ神輿ではなく、子供用の小さな神輿を担ぎます(担ぐ前の踊りは一緒に行います)。

その様子がこちら。

DSCN1459_convert_20120725230733.jpg

癒される・・・(=´▽`=)※筆者はロ○コンではありません。


太鼓だって叩いちゃいます(`・ω・´)

DSCN1460_convert_20120725231110.jpg

こうやって子供たちは祭りの作法や伝統を覚え、次世代へとつなげていくのです。まさに地域総出のお祭りです。


さて、そうこうしてるうちに、神輿は最初の神社へ戻ってきます。

DSCN1468_convert_20120725231557.jpg

こうして、さまざまな地域をまわった後、神輿はいったん神社の境内に安置します。そして、小一時間の休憩の後、いよいよ夜の部が始まります!


夜の部では、神輿に提灯を灯し、歩く場所も市内の大通のど真ん中を闊歩します。周囲には屋台や大勢の観光客、祭り一番の盛り上がりです。

さて、この夜の部には、大通りに山車(だし)と呼ばれる大きな荷車のようなものが出ます。それがこちら。

DSCN1469_convert_20120725232138.jpg

前で座っている人と比較しても分かる通り、非常に大きいです!間近で見ると、様々な彫刻が施しており、その大きさと共に圧倒されます。

この山車、中に人が入って笛を吹いたり太鼓をたたいたりして祭りを盛り上げます。さらに山車の上にも人が登り、うちわを使って盛りたてます。

DSCN1475_convert_20120725232749.jpg

非常に迫力がありますね(*^^)


お祭りのサイトを見ていただければ分かりますが、このお祭りでは、山車による催しが有名のようです。
しかし、神輿だって負けていません!というより、これだけ苦労して注目してもらえないとか理不尽すぎる!!
というわけで、夜の部も神輿は頑張ります。僕らも頑張ります。

さて、夜の部。

DSCN1479_convert_20120725233439.jpg
神輿が俺を待っている。。。( ̄^ ̄)



冗談はさておき、夜の部では神輿も凄いことをします。夜の部では一回にすすむ距離は短い分、パフォーマンスが圧倒的に増えます。
どういうことかというと、神輿を担いでる途中に「さし」ます(神輿を持ちあげます)。
さらに、大通りの交差点に来た時、神輿の一部分を地面に下ろし、
その部分を軸にして神輿を猛烈な勢いで回転させるという、おそらくこれは全国的にも非常に珍しいのではないかという荒業を行います。


それがこちら。

DSCN1482_convert_20120725234513.jpg

辺りが暗いため、若干ぼやけてはいますが、神輿が少し傾き、その周りで担ぎ手が神輿を回している様子がなんとなくわかると思います。
間近で見ると本当にすごい迫力!!これをやってる僕たちは本当に大怪我しそうで大変です。まさに必死の思いで周囲の動きに付いていきます。

このように、山車に負けじと迫力あるパフォーマンスを行い、しばらく大通りを練り歩きます。


そして夜10時、神輿は無事最初の神社に奉納され、永きにわたる祭りもようやく終わりも迎えます。
終わったー!(≧▽≦)

DSCN1520_convert_20120725235403.jpg

神輿を奉納した後、神輿を担ぐ際に使用した担ぎ棒の上に担ぎ手が座り、実行委員長から労いの言葉をもらって祭りは終了します。ちょっと変わった行事かな?

DSCN1539_convert_20120725235621.jpg
ちなみになぜかところてんをもらえます。地元で作ってるものだそうです。おいしく頂きました。



祭りのあとはお世話になった地元の方の敷地に戻り、軽く打ち上げみたいなことをして人見さんの家に戻りました。
その後人見さんの家でがっつり飲んだのはまた別のお話。。。


さて、こうして小見山祇園祭は幕を閉じたわけですが、今回お祭りに参加して改めて感じたこと、それは、祭りを通じた地域のきずなです。

普段はあまり会う機会のない人たちも、祭りになると皆が総出で参加し、互いの再開を喜び合います。子供から高齢者の方まで、皆が祭りという大きな行事の中で結びつき、絆を深め、祭りが終わるとまた元の生活に戻っていきます。そして、また次の年、祭りが来ると地域住民が一か所に集結します。

祭りは、五穀豊穣などを願う儀式であると同時に、地域が一つになる媒介をしているのではないでしょうか。

特に昔は、田植えや収穫、共同で利用している森の管理など、皆で協力して日々の作業や生活を行っていたと聞きます。祭りは、地域住民を深く結びつけ、共同生活をより円滑に行うための信頼の強化を図る上で非常に有効な方法だと感じることができました。

実際、祭りの終盤になると、地域住民の方から話しかけてきてくれるなど、祭りを通した一体感を強く感じることができました。「また来年も来いよ」と言って下さった時は、とても嬉しかったです。


今、若者の流出などにより地方の農山村を中心に過疎化や少子高齢化が進んでいます。全国のいたるところで、貴重で素晴らしい文化やお祭りが継続の危機にあると思うと、残念でなりません。地域の伝統文化やお祭りが続いていくためには、その地域に若者や子供といった次世代の担い手がいること、そして、そういった人々が地域でくらしていくための雇用や生活水準の上昇が必要です。

幸い、この地区では若者や子供がおおく見受けれ、お祭りが今後も続いていくことに対し希望を持つことができました。やそはちの方で、今後も神輿担ぎなどの手伝いを通じて祭りの存続に一役買うことは、とても意義があることだと思います。

地域に関する研究をしようと思っている自分としては、今回のお祭りを通じて、改めて地域の持続的なあり方とは何かを考えさせられる契機となりました、こように、非常に素晴らしい経験をさせていただくことができた事に関し、人見さん、お世話になった小見川地区の皆さま方に、この場を借りてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。


そんなわけで、すうううごく大変だったけど、とても楽しいお祭りでした。来年はもっと大人数で参加しようね!そうすれば一人の負担は減るからね!


DSCN1513_convert_20120726002649.jpg


追伸 翌日以降とてつもない筋肉痛に男たちが襲われたことはいうまでもありません。
あと、この日は僕の誕生日でもありました。祝ってくれた皆、本当にありがとう!
おかげで人生史上最も辛く、そして楽しい誕生日になりました。飲み会では酔っ払って田んぼに跳びこむ寸前でした。
本当にありがとう!
スポンサーサイト

7月20日(懇親会)


 どーも、初めまして、地域生態システム学科1年の矢部と申します。
 今回が初めての投稿と言う事で至らない部分があるかと思いますが、ご了承くださいな。

 さて、今回は7/20(金)に行なわれた懇親会のお話をさせて頂きます。
  この懇親会は香取市の農業委員の栗田さんや岩立さんが、「祭りで神輿を担ぐだけではつまらないだろう」と設けて下さったもので、新規就農者の方の他にも市役所の方も参加して下さりました。
  懇親会では「様々な役職の方々に農業に対しての取り組み、考え、不安などを話して頂くことで我々学生の農業への正しい理解と希望を持ってもらう」ことを主体に置いた話しがされました。

 〜以下話しの内容(といっても不備がかなりあるのでご了承下さい)〜
 1)自己紹介
  飯村さん:以前は普及指導員として活動していた農家の方。
  岩立さん:よく分からないけど、凄い人。
  東村さん:香取市の新規就農者で切り花の胡蝶蘭を生産している方。
  人見さん:我らが兄貴分。
  山倉さん:成田市の新規就農者で人見さんにそそのかさ誘われて参加して下さった方。
       稲作と畑(ごぼうや人参など)を生産している方。
  江井さん:シュハリ株式会社の方で、2年前に会社での農業部門に研修という形で農業に関わったのがきっかけ。人見さんに誘われて参加して下さった方。
  鳥沢さん:シュハリ株式会社の方で、農業にもともと興味があって、山梨の農業スクールにも通っていたが物足りなく感じ関わり始めた。人見さんに誘われて参加して下さった方。
  篠塚さん:農業委員会事務局長の方。
  伊藤さん:農業委員会管理班の方
  篠塚さん:農業委員会農政課班の方。

 2)香取市の概要
  以下の画像を参照して下さい。
  eスキャン
eスキャン 1

 3)新規就農者の方々のお話
  人見さんの場合
   市に水稲をやりたいというと反対されたが、逆に反抗心が燃えてやり始めた。
   今のところ、農業機械の知識の活用と購入者の米の価値の理解がうまくいけば運営していけそう...。

  東村さんの場合
   胡蝶蘭に心打たれてしまったのがそもそもの始まり。
   葬式に頻繁に使われるため、「一般の人にも使ってもらいたい」という思いの元に行動開始。
   市からは止められたが、反抗して今に至る。
   光熱費がかなり掛かるのが問題。

  江井さんの場合
   シュハリ株式会社は東京日本橋にてコンサルティングを行なっている会社で、他会社の問題解決を仕事としてる。
   近年、実際農業をして農業の問題解決を行なわれるようになった。

  鳥沢さんの場合
   小さい頃から農家に興味があったものの、全く関わらずに違う道に進む。
   農業自体にまだ興味があったため、山梨の農業スクールに参加していたが、野菜の育つ課程がしっかり見えないことから不満を抱き、今の道に進む。

 4)学生からの質問
  Q.どうして市は人見さん達が新規就農者になるのを止めようとしたの?
  A.(飯村さん)市は「新規就農者がこれから継続して経営がやっていけるか」を重点に置いているため。
   (岩立さん)新規就農者にとって、設備投資の欠如と作業の非効率が大きな問題となっていて、これを改善しながら経営を成り立たせていくのはとても難しい。
        国はこれに対して補助金を出してはいるが、机上論で考えているため、うまくいかない。
 
  Q.補助金が十分にあれば大丈夫なの?
  A.農地法により自由に土地を得られないため、補助金があれば...というわけではない。

  Q.シュハリはどうやって土地を借りたの?
  A.初めは空き民家を借りて、そこから、周りの農家の方と仲良くなって、土地を貸してくれる人を紹介してもらった。

  Q.その土地は放棄地だったの?
  A.草刈りだけしてたので、ほとんど放棄地といっていい土地だった。


 ...これ以上は私のキャパシティーを超えているので、ご勘弁ください。

  最後に、参加者の方々がおっしゃていたことを少し。
・自分自身でどのような知識を取り入れ、構成するかが重要である。
・農業は「〜を作りたい!!」という気持ちだけではキツい。
・今は道の駅など販売ルートが広がっているので50aでも経営は出来る。
・農工生は行政に関わる人が多いと思うけど、行政は産業にサービスする機関だから、産業のことを理解してほしい。
・今回の懇親会において、皆さんそれぞれの立場、考え方があり、それをどう解釈するかが大事である。


 それでは、長文失礼しました。以上でおいとまさせて頂きます。

今日もニコニコ無事カエル!

こんばんは!

ブログ2回目の登場の田中です。
昨日親不知を抜歯しまして、口の中に穴がぽっかりあいたような感じです。
失恋して心にもぽっかり穴があいているのにどうしろっていうんですかって感じです。

思っていたほど痛くなかったです。あっ失恋じゃなくて抜歯の方です。
痛くなかったのは上の歯だったからでしょうかね?


今週末は小見川の方で祇園祭がありやそはちのメンバーも参加してきたようですね!
参加したメンバーのみんな、お疲れ様でした!!



さて、今回のブログでは人見さんのお宅で見たポスターに載っている

「今日もニコニコ無事カエル!」

について調べてみたのでそれについて書きたいと思います!


みなさんこのステッカーみたことありますか?

今日もニコニコ無事カエル


このかわいらしい(?)ステッカーは農林水産省が推し進めている

2012年全国農作業安全確認運動」の標語として使用されています。


そうです、農業生産には危険がつきものです!!

私たちも人見さんの指導のもと、刈払機や耕運機、田植え機、除草機、常用トラクタなどたくさんの農業機械に触れながら、お米つくりに取り組んでいます。

農業機械が導入されることで、労働生産性もあがり農家の負担が大幅に削減されたのはまぎれもない事実です。

私は田植えをした際に、田んぼの片方では手植え、片方では田植え機で植えるのを見ていて、やはり機械の方が早くてキレイだと実感させられました!その後の除草作業に関しても機械で植えた方が間隔も揃っていて除草機を入れやすかったですし...。

(もちろんあの手植えの感触もたまらんのですが^^)


しかし、先ほどもあったように特に農業機械にはキケンがつきものです。


実際に農作業中の死亡事故件数1年間で400件にものぼります!


この数字、ここ10年間で横ばいとなっているのですが、農業従事者の減少を考えると実際の事故死亡率は増加しているということになります!


農作業中の死亡事故の内訳としては主に2つあります。

第1位(70~75%)
農業機械作業に関わる事故


 農業機械の中ではトラクタによる事故が75%を占めています。
 常用トラクタは重心が高く一般車両に比べて横転しやすいなどが原因です。

第2位(5%)
農業用施設作業に係る事故


 夏場の温室は温度が急上昇する場合があり、温室内で作業している高齢者が脱水症状や熱中症でなくなるというケースをよくニュースで耳にすると思います。

そしてその他が(20~25%)です。
その他の中には耕作地への移動中の事故などが含まれます。

以上数値は農林水産省HPに掲載されている「平成22年に発生した農作業死亡事故の概要」参考。


このように農作業中には身近に危険が迫っているというのを十分に告知していくためのステッカーが「今日もニコニコ無事カエル!」だったのですね!

農作業中の未然防止策3E≪技術(Engineering)・規則(Enforcement)・教育(Education)≫の教育の部分ということでしょうかね!なるほどっ!



最後に、

赤の女王仮説「その場にとどまるためには、全力で走り続けなければならない(It takes all the running you can do, to keep in the same place.)」に農業を当てはめるのならば、第一次産業従事者の減少など農業を取り巻く現代の環境を考慮すると、農業にテクノロジーを導入していくことが必要不可欠なのではないだろうかと思うのです。


農業機械の導入で生まれる問題もあるということを自覚した上で、農業の更なる発展を考えて行かないといけないのではないかと思う所存であります。


日本の農業の夜明けぜよ!
って意気込む前に、まずは目の前の試験勉強頑張ります><


参考:
生物生産環境工学(担当:農工大帖佐先生)講義内容
農作業安全情報センター農業安全eラーニング(http://www.naro.affrc.go.jp/org/brain/el/index.html)
農林水産省農作業安全対策(http://www.maff.go.jp/j/seisan/sien/sizai/s_kikaika/anzen/index.html)
いずれも2012年7月22日URL取得

イネの伝来について(稲のきた道を読んで)

こんにちは。作業に参加できず少々肩身が狭い、鐵です。
ようやく暑くなってきましたね。今年はしばらく気温が低かったせいか、まだニイニイゼミの声しか聞いてないですが。

今回は、「稲のきた道」(出版 裳華房、著者 佐藤 洋一郎 1992年)という本で紹介されている日本への稲の伝来についてまとめてみようと思います。

僕が歴史の授業で習ったのは(今の小中学生はどう習っているか分かりませんが)、「稲作は弥生時代に中国大陸(朝鮮半島)から渡来してきた人々が持ち込んできた」というものでした。本によれば、中国南部を出所に朝鮮半島を経由したのではないか、そういう説だそうです。

これ以外にもいくつかの説があり、
・出所は朝鮮半島からの伝来と同じ中国南部だが、陸伝いでなくそのまま東シナ海を船で伝わったという説。
・南方から伝わったという説。(有名な民族学者の柳田国男の説です)
などがあるそうです。

一方でこれらの説には問題点がないわけではなく、
例えば、朝鮮半島経由で考えた場合、朝鮮半島(とくに北部)は日本よりも気温が低いために早く収穫できる早生品種でないと栽培できないが、朝鮮半島から最初に稲が伝わったと思われる九州では晩生品種が栽培されていた。しかし、農学博士の佐藤さんによれば早生が晩生に変化することはまずありえないのだそうです。ただし、温暖な朝鮮半島南部沿岸部を経由、または東シナ海を船で伝わったとすれば、晩生品種がそのまま伝わったことを説明できるということです。
また、南方から伝わったという説は、沖縄の文化には九州以北には見られないような南方の文化の要素を持っていることから生まれたとのことですが、沖縄の考古遺跡から古い時代の稲が出土していないために考古学者に否定されたそうです。

これらの説は、いずれも一元的なものです。しかし佐藤さんが本書で提案しているのは複合的、つまり「稲は南方と中国(朝鮮半島)の両方から伝わったのではないか」という説です。それについてまとめてみます。

まず、佐藤さんは日本各地の在来品種を集めて遺伝子調査を行いました。在来種とは、コシヒカリなど現在多く栽培されている奨励品種ではなく、地域ごとに古くから栽培されてきた独自の品種です。
次に、ジャマイカという品種との交配実験を行いました。話がややこしくなりますが、イネにはHwc-1とhwc-2、Hwc-2とhwc-2という、それぞれ優勢、劣性遺伝子があるそうです。このHwc-1とHwc-2という遺伝子が合わさると、雑種弱勢という現象が起きるそうです。Hwc-1はジャマイカという品種にしか見られず、そのためジャマイカと他品種を掛け合わせて次世代に雑種弱勢が生じるか生じないかで、その品種がHwc-2を持っているか、いないかを判定できるということです。
実験の結果、日本の在来品種のほとんどはHwc-2を持っており、一方で持っていない品種も少ないながらあり、沖縄に若干多い傾向にあるらしいが何とも言えない、ということになりました。
今度はアジア各地の品種で同様に調査を行いました。その結果、Hwc-2を持つ品種は中国、朝鮮半島には多いが他ではほとんど見られないという結果になりました。この結果から、中国、朝鮮半島から日本に稲が伝来したのはほぼ確実ということになりました。一方でHwc-2を持っていない、つまりhwc-2しか持っていない品種は各地にあり、判断が難しいが、中国のHwc-2を持たない品種は日本の品種と類縁関係のないものであり、日本のHwc-2を持たない品種は中国から伝来した可能性は低いということになりました。そのことから南方から伝来した可能性も浮かび上がってきます。

続いて、佐藤さんは大学生だった西口浩司さんに日本の在来品種が温帯ジャポニカか、熱帯ジャポニカ(ジャバニカ、ジャワニカとも呼ぶ)か調査させました(卒論というわけです)。ちなみに温帯ジャポニカが北回帰線より主に北で栽培されているのに対し、熱帯ジャポニカは南で主に栽培されており、温帯ジャポニカよりも大柄な草体をしています。
遺伝子を調査した結果、日本では熱帯ジャポニカは沖縄にわずかに見られたほかはないという結果になりました。しかし、熱帯ジャポニカの遺伝子を持ったもの(つまり温帯と熱帯の交雑種)は九州から東北まで広く分布していることが分かりました。ここから、西口さんは、熱帯ジャポニカが本土にもあったことを物語っているのではないかと考えました。熱帯ジャポニカは中国には見られず、もっと南の地域で栽培されているものなので、やはりここからも南方から日本へ稲がやってきたことが考えられます。

話は続きます。
今度は考古学の視点からになります。イネ科の植物は葉にケイ酸体というものを形成します。これは鉱物のようなもので、植物体が枯死しても土壌に残り続けます。これをプラントオパールと言い、種によって形に特徴があるので、稲のプラントオパールが見つかればそこで稲作が行われていた可能性が高いと言えるそうです。
宮崎大学の藤原宏志さんのプラントオパールの調査により、青森で2000年前から稲作が行われていたという結果が出ました。それまでは、東北に稲作が到達したのは14世紀ごろとされていたのですから驚きです。いつ頃に中国(朝鮮半島)から稲が伝来したかは2500年~3000年前などと諸説ありますが、いずれにせよ従来の想定よりかなりのハイペースで北進したといえます。
ここで問題が出てきます。青森は気温が低いためにかなりの早生品種でないと栽培できないのに、西日本などで栽培されている品種は晩生だからです。突然変異で晩生品種から早生品種が生まれることはありますが、その確率はかなり低いもので、稲作の急速な北進を説明するには不十分だそうです。
そこで、佐藤さんが考えたのが、温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカを掛け合わせて生まれた早生品種が東北へと伝わっていったという説です。詳しい説明は省略しますが、共に晩生の温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカを掛け合わせると、組み換えが起こって早生品種が誕生するとのことです。
ここで、再びプラントオパールが出てきます。温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカではプラントオパールの形状に違いがあるそうですが、調査の結果、平安時代までは温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカが一緒に栽培されていたことが分かったそうです。また、かつては同じ田んぼに様々な品種が雑多に栽培されていたという調査結果もあり、交雑は容易に起きたと考えられます。突然変異よりも交雑の方がずっと容易に起こるので、稲の急速な北進は温帯ジャポニカと熱帯ジャポニカの交雑によって支えられたと考えられるということです。

長くなりましたが、要するに熱帯ジャポニカが日本に存在したのは確実で、そこから日本に稲作が中国大陸だけでなく、南方から(佐藤さんの説では台湾→沖縄経由)も伝わってきたのではないか、ということですね。もっとも、プラントオパールなどの調査で熱帯ジャポニカが中国大陸でも栽培されていた証拠が見つかったら、また話が変わってくると思いますが…。

もっとしっかり知りたい人は実際に本をを読んでいただいた方がいいと思います。
佐藤さんは、この本の中で、現時点で考えられる一番の説だが、まだまだ分からないことも多いと書いておられます。
何事も決めつけないで、ひたむきに調査を続ける姿勢を見習いたいですね。


7月8日作業報告 除草、チェーンソー、刈払機

こんにちは。高橋です。
あっ、そういえば僕がブログに登場するのは初めてですね・・
まぁ、農工大地域生態システム学科3年の学生です。
では本題入ります。

今回は、7月8日(日)に田んぼに行ってきました。
僕は寝坊してみんなの車においてかれましたが・・・

午前中は毎度おなじみの除草でした。
この前やったばっかなのに、また増えてました。
559216_340003306080408_555534623_n.jpg


前回同様、中耕除草機、手押し除草機使ってバンバンやりたかったですが、イネがけっこう成長してきたので、一条用の手押し除草機しか使えませんでした(-_-)
あとはひたすら手と足で雑草を泥の中に埋めました。

代表の「長時間除草やってると、雑草が近所のガキに思えてくる」という発言はウケました。
俺たちの近所ガキが多すぎだよ(>_<)

あとは、使った後の器具にヒルがひっついてて、ゾッとしました。
おばあちゃんから、「昔子どもの頃は、よく手伝いで田んぼに入って草抜いてたけど、裸足で入ってたから、ヒルがたくさん足について気持ち悪かった」
という話を前聞いたことがあって、ヒルはいやだなぁと思ってましたが、ついに登場しました。
そのうち血吸われちゃうんでしょうね・・・・・

午後は、まずアゼに生えた草を刈払機で切りまくりました。
小学生のころ、月一回の地域の清掃で、近所の人が刈払機でウィーンってやってるのはしょっちゅう見てましたが、実際に使うのは初めてでした。
295116_340003919413680_1937883250_n.jpg

案外簡単でしたけど、音がうるさいので周りから人が近づいてきても全然分からなかったです。使う時は周りに注意しましょう。

次に、近くの林から乗り出してきてる木をチェーンソーで切り倒しました。
「田んぼ作業で木切るの~?」って疑問に思うかも知れませんが、田んぼの近くに林があるときには、邪魔な木を倒さないといけないこともあるんです。
まずはチェーンソーの説明。
179102_340004119413660_1945256429_n.jpg

冷凍されたマグロとかウシとか切るのにも使われる、切れ味バツグンの危ないやつなんで、安全面の説明は、しっかり受けました。

チェーンの先端の上側で物を切っちゃうと、チェーンがキャタピラと同じはたらきをして、チェーンソー自体が自分のほうに向いちゃうみたいですね。怖ぇ

物によっては、チェーンを止めるブレーキや、チェーンが外れた時にチェーンが飛ぶのを防ぐチェーン受けがついてるみたいです。

エンジンのかけ方は、基本的には刈払機と一緒。ただ、こっちには、チェーンを回りやすくし、刃の切れ味を上げるための「チェーンオイル」というアイテムが燃料とは別に必要になります。

あと、長さとか、刃と刃の間隔は、パーツの換装によって変えることが出来ます。
例えば、竹を切るときには、刃と刃の間隔を狭くする、とか・・・・

で、実際に木を切り倒します。
手順として、
①木の幹を、倒したい方向の面から少し切り取っとく。
②反対側から切っていく、

すると、木が自分の重さで倒れていきます。
319471_340004459413626_1324869187_n.jpg



木切ってみたら、上のほうで他の木から伸びたツルが絡まってて、木が宙づりになっちゃう、ってトラブルが発生しました。
そのため、木に登ってツル切りました。ちょー楽しかったです。やっぱ木のぼりはいいですね。
553833_340004602746945_1869758969_n.jpg

倒した木を使って、人見さんがこんなものを作ってくださいました!
564143_340005792746826_340348011_n.jpg

学祭の出店の看板に使います。当日はこの看板が目印です!!

作業以外に、地域の農業委員会の方やほかの農家さんの方とお話しする時間もありました。

内容は、今度、市役所の方、農家の方、農業委員の方、新規就農者のかた、そして僕たち学生で集まって懇談会を行うというもの

農業をやる場所は必ずと言っていいほどある地域に属していて、その地域には、その地域ごとの人と人とのつながりがあります。
地域で何かをするときに、この地域のつながりは、一番ベースになるものです。

それを考えると、今度の懇親会は、今年から作業を始めた僕たちにとって大変貴重な機会になると思います。
さらに、懇親会の翌日は地域の祭りにも参加して、みこしを担ぎます。

地域のいろんな方々と仲良くなりたいですね


さて、今回のやそはちの内容は以上ですが、今回は田んぼで除草して、刈払機振り回して、チェーンソーで木を切り刻んで、地域の方と打ち合わせして・・・・と、
一見、僕たちって何の団体? 農業? 緑地管理? 林業? 地域運営? って感じですね。

でも、やっぱ農業やるっていうことは、単に自分の土地で農作業するだけでなく、周りの環境も整備して、地域の方ともつながってて・・・・といろんなことを考えないといけないんですよね。

そんな農業の姿を、やそはちをはじめとする現場での作業を通して学んでいきたいですね。

[次回からのやそはち]
懇親会やお祭りもありますが、作業も当然やっていきます。
今後は、夏休みに突入しますが、下の写真に写ってる耕作放棄地で、
刈払機で草を刈る、トラクターで耕す、といった作業を通して、機械の講習&練習も行っていきます。
576124_340005872746818_146276392_n.jpg


つづく

※みなさん、寝坊には注意しましょう!!
 いろいろと損害が生じますよ
(例)電話で笑われる。
   別の交通手段(今回は電車)を使うので、お金がかかる。
   後輩にバカにされる

「地域自給」~地域再生の一つのあり方

みなさんこんばんは。

だいぶ暑くなってきましたね。昨日、市役所の前の街路樹では蝉が鳴いているような気がしたのですが、あるいは本当に気のせいだったかもしれません。

それはともかくとして。少し前に、木曜1限の「農業市場学」という講義でたいへん気になる話題を入手したので、それについて書いてみようと思います。


“自給力”~食とエネルギーを自給する暮らしの可能性~


「地域自給」という取り組みがあるのをご存知でしょうか。食物の自給に加えて、エネルギーや経済循環もその地域の中で作り出すという画期的な生活実践のかたちです。

埼玉県小川町の農家・金子美登さんは、1970年のオイルショックに際して日本の将来に危機感を覚え、地域自給を目指して有機農業を始めたといいます。次第に理解者が増えていくことで、今日のような自給社会が出来上がりました。

その内容とは、たとえば、近隣の家庭と直接契約して定期的に野菜を提供し、家庭で出たゴミは農場の堆肥として利用する。ここにすでに循環が成り立っています。私が特に感心したのは、野菜を購入する人たちが、しっかりとした意思を持った消費者だということです。彼らは、単に自分たちの生存手段を得るためではなくて、農家を支え、地域を支えるために金子さんの野菜をすすんで買っている。安ければいい、という考え方から一歩抜け出した清い心持ちだと私は思いますね。

これと同じことが地場産業のレベルでも起こっています。ある豆腐屋は、金子さんの作った大豆を輸入品の5倍の値段で買い入れています。できた豆腐は一丁280円と結構な値段ですが、独特の風味が評判となり、人気商品となりました。結果として、遠方からも客が来るようになり、町の現金収入の増加につながるという大きなメリットを生み出したのです。高額での大豆購入という経済原理から見れば不可解な行動が、かえって地域経済の活性化を促したということになります。金子さん曰く、

 「地産地消とかってことばありますけどあんまり遠くのほうへ持っていかないでその地域でいろんなことが完結することが、やっぱり一番いいんじゃないですかね。」

風が吹けば...ではありませんが、情けは人のためにも自分のためにもなる、ということが、この例からは言えそうです。実際、この豆腐屋は従業員が以前の3倍にまで増えたといいます。新たな雇用が生まれるという点からも、大いに注目に値するものではないでしょうか。



金子さんからはじまった地域自給の取り組みは、周囲の農家や商店にも多大な影響を及ぼします。先の豆腐屋の他にも15店舗が自給の輪に加わり、ついには都市の企業もこれに参加してきたのです。それというのも、さいたま市のある建設業社が高い値段で米を買い、農家を支えようと行動を起こしたのでした。

「農家の方がこの金額だったらやっていける、要するに元気が出る、よーし、来年も作るぞっていう元気が出る価格っていうところ。もうけみたいな考え方じゃないんですよ、そうなると。」

こういった思考ができ、かつ実行し得る会社があるなんて、なんだか光が見えてくる気がするじゃありませんか! 本来の会社のあり方から多少ずれるとしても、人間の本質を見失わない方がずっと大事です。カネより人のために存在できる企業が増えてくれることを私は心から望んでいます。

ところで、やはり企業の影響は大きいのでしょう、こののち小川町のすべての農家が自給の輪に加わるという大進展も見られました。
誠実さは仲間を生む、これは人見さんを見ていても分かる気がします。



エネルギー自給の面では、近隣の家庭から集めた天ぷら油を遠心分離器にかけて不純物を取り除き、トラクターなどの燃料として再利用する。あるいは、家畜の排泄物や生ごみから発生するメタンガスを煮炊きのエネルギーに使うといったことがなされています。
これに自前の太陽光発電などを組み合わせれば、「脱原発」の議論もかなり現実味を増すように思われるのは私だけでしょうか。



このような「地域自給」の意義を、社会評論家の内橋克人氏は「未来を先取りした姿」というふうに述べています。その背後には紛れもなく現在の「生活の不安」がある。人々は生きがい・働きがいの一致、さらには自分の労働が社会的に必要とされているという確信を求めているのではないか。
私もそう思いますね。いや、それのみならず、それは本来人間があるべき姿にほかならないとまで考えています。それは、人々が尊厳を持って協力して働き、喜びを分かち合いながら、共に生きること。天下り的ですが、ヘーゲルやマルクスもそう考えたようです。持続可能な社会における人間関係とは、そういうものであるべきだと私は思いますね。



内橋氏の発言の中に面白い言葉が一つあります。「FEC自給圏」というのがそれで、それぞれFarm, Energy, Careを指します。なるほど、自給的社会での健康管理は今後解決しなければならない大きな課題でしょう。それにつけても、地域の人々が誇りを持って生活できるようになること、またその社会作りに向けて、われわれ農学部生が取り組んでいくべき事は多いように思われます。(ちょっと無理やり過ぎたかな?)

Thank you for your reading!

6月17日作業 除草・畦畔修正・せき修正・肥料散布

どうも、ご無沙汰しております、土屋です。

ここのところブログの更新が滞ってしまっており、申し訳ない限りです。

現在のやそはちの中心メンバーが3年ということもあり、平日は課題に追われております。


と、まあ言い訳はこの程度にしまして、遅くなってしまいましたが6月17日の作業報告を行います!


---------------------------------------------------

0617sagyohukei


5月のゴールデンウィークに田植えをしたやそはちの田んぼでも、6月の半ばにもなると稲、雑草ともにかなりしっかりと育ってきていました!大学の除草剤を使っているであろう田んぼとはやはり雑草の生え方、種類に違いがあります。

除草剤を使わないと、「コナギ」という雑草がたくさん出てきます。そして僕たちの5月、6月もほとんど彼らとの戦いに終始しておりました。もう何度作業に行っても最初に見るのは次第に成長する稲とコナギの姿、有機農法の難しさを身をもって体験しました。


というわけで、今回の作業メニューは①除草、②畦修正、③せき・畦修正、④肥料散布となります。

各作業の詳細な写真はFacebookのやそはちのページ(リンクはこちら)の「写真」コーナーにてアップしておりますのでぜひご覧ください!!

ではメニューの詳細を。

①除草
基本的に大まかなやる内容は、機械を使おうが、手を使おうが変わっていません。

ですが、雑草が成長してきてしっかりと根を張りつつあるということもあり、初期のころよりもしっかりと除草していく必要があります。

そこで登場したのがこちら!
tyuukojosoki

「中耕除草機」と呼ばれるものです。除草を行う仕組みとしては、前回までで使用していた(今回も合わせて使用しましたが。)手押しの除草機と変わりません。前面についた刃がモーターの動力によって回転、それによって土をかき回して雑草を浮かしていきます。これはかなり家庭菜園用の耕耘機に近いものがあります。また、使いようによっては代掻きなんかにも使用できるとか。

今回は、この中耕除草機と一条用、二条用の手押し除草機(田車)、そして手作業で除草を行いました。今回は人手も多く、機械も入れたおかげで作業がはかどりました!

しかし、こう機械を入れるとやっぱり田植えのときの条のずれにすごく困りますね(笑)「まっすぐに稲を植える」ことがこんなに大切とは全く想定していませんでしたが、この2カ月で痛感しております。

②そして午後の作業に入る前に人見さんの使っていらっしゃる田んぼを視察しました。

hokai

こちらの田んぼは人見さんが農政を通じてお借りしている田んぼだそうなのですが、田んぼの下に穴があいていて、そこに適切な対処をしてこなかったことが原因で、畦畔から崩壊してしまったそうです。

こうなってしまったという事実以上に、新規就農の方に対して、こういった農地の重要な情報が伝達されていなかったということは、農政の仕組みにも何かしら問題があるのでは?と感じた一幕でした。

あまりここには時間はかけなかったのですが、やそはち土木部隊は10分ほどこちらの修正も行いました。

③午後も除草作業は最後まで続けましたが、並行してやそはち田んぼのせき(堰)と畦畔の修正も行いました。

堰

連日の大雨で、やそはち田んぼに水を入れるために作っていた堰(ダム)が決壊、人見さんが応急処置をしておいてくれましたが、まだ不安もあるということで排水路の泥を掬って、堰を補強しました。


また、農道に面した、人見さんの田んぼとの境界部分の畦畔も低くなっていましたので、そちらも補強しました。


④そして、全作業を終え、最後にやったのが追肥です。

作業方法に関しては以前にやったものと同じですのでそちらをご覧ください。

しかし、この作業、「機械背負ってまきゃいいんだろ?」なんて侮ってはいけません。

やそはちメンバーではいまのところ自分も含め3人が撒きましたが、みんな歩くペースをつかめず、上手く全体にバランスよく播くことができませんでした。

やそはちの活動を通して思うのは、機械ってやっぱり便利だということの反面、使い慣れてないと操るのも一苦労ということですかね。



さて、今回の作業報告はここまで!現在やそはちでは11月9日~11日の学祭に向けて販売と展示の企画をしております。やそはちの展示以外にも独特な出し物が非常に多いので、予定のあう方はぜひいらして下さい!詳細はおって連絡いたします!


ではでは。


--------------------------------
やそはちがお世話になっている千葉県香取市の新規就農者、人見さんのブログ。
http://agri.inaka-nikki.net/shinkisyuunou/

こちらもご覧ください!農業についていろいろなことを知ることができます!

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。