やそはちの米作り日記

東京農工大学の有志メンバーで作られた「やそはち」が千葉県香取市で農家の方にお借りして、お米を作ります!

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読書の初夏、読書の梅雨。

こんにちは。やそはち副リーダー兼臨時会計、そしてWeb係でもある4年の水谷です。

六月は田んぼに水がたくさん必要なことから「水無月」と呼ばれますが、やそはちの活動をしているとそれも頷ける気がします。皆さんはこの長雨のつれづれ、いかがお過ごしでしょうか。


そういえば、例の『平家物語』。なんだかんだ言って、もう半分読み終わってしまいました。『源氏』の時とは大違いですね。(^_^;)
今様調のリズムが随所に散りばめられているうえ、言葉の語感が現代に近い気がして、親しみやすいためでしょうか。
たとえば、「大いにいかッて」「大きにおどろきて」「天にあふぎ地に臥して泣きかなしむ」など、ちょっと大げさでマンガチックなアクションに、思わずクスッとさせられる箇所が多々あります。


...ところで皆さん、入道相国清盛と聞くと、どんなイメージを抱きますか? 「栄華を極めた平氏の長者」といったところでしょうか。

ところが、『平家』に描かれている清盛は、意外とダメな頑固オヤジみたいな感じで描かれているんですよ!

そうですねぇ、もし昭和40年代に生きてたら、毎日ちゃぶ台ひっくり返してそうな、どうしようもなく単細胞な男です。
...と、そんなへんてこな清盛像をひとり想像して噴き出したりながら、毎日わくわくした気持ちで読み進めております。



さて! 本題はここから。


数日前から、何かまとまった文章を書こうと頑張ってみたのですが、その気になってみると意外と書けない、なんてことがあるもんですね。

そんなわけで、本日は、わたくしが近ごろ読んだ本の中で、とりわけ心に残っているセンテンスを、私感を交えていくつかご紹介しようと思います。



まず最初に、一番最近読んだ本、E.F.シューマッハー『スモール イズ ビューティフル』 (講談社学術)より。


困難に惑わされず、仕事をすることが人間の本来の姿だという常識に立ち戻ろうではないか。利口になりすぎて、身動きがとれなくなってはいけない。世間には、ものごとをまだ始めてもいないのに、その効果を最大限にする名案をあれこれ考える人がいる。私の考えでは、「少しでも実行すれば、しないよりはましだ」とつぶやく愚かな人のほうが、いちばん有効な方法がなければなにごとにも手をつけようとしないお利口さんより、ずっと賢い。[ p.283 ]


この「お利口さん」というのがまさに自分に当てはまる気がして、はっとさせられました。

そもそもこの本の主張は、「最新の技術―すなわち最大で最速で最も効率的な技術が、いつも最良とは限らない」というところにあります。途上国の経済や環境問題などを考慮すると、むしろ、大きすぎず小さすぎない、中間技術(intermediate technology)こそが重要である。適用する局面に応じて、適材適所に新旧の技術を使い分けよ、というのです。

マシンやシステムと人間との関係が倒錯しかねない経済至上の現代を見つめるに当たって、非常に考えさせられる批判ですね。

しかし、そうはいっても、現在世界を大きく動かしているシステムを見てみると、依然として巨大で複雑なものが多いことに気づかされます。金融や流通、IT、あるいは暮らしに身近な税制や食品業などにかんしてすら、その全体像を把握することは困難を極めます。

得体の知れないものに身をゆだねるのは誰だって不安を覚えますよね。その結果として、「働きたくない」「楽して金を稼げる方法はないか」という発想になるのは、ごく自然な反応のようにわたしには思われます。

ところが、そのことを見越してかどうかは知りませんが、シューマッハー氏は今から40年も前に、上のような警鐘を鳴らしておられるのです。「諸君に知識はある、それらを動員するのも自由だ。だが、はじめからその道のトップと肩を並べようなどと考える必要はない。堅実に、やれることからはじめたまえ」ということでしょう。
氏は次のようにも言っています。


本当に役に立つことは、中央からの指令ではできないし、大組織にはできない。しかし、民衆自身にはできるのである。この世に生を享けた人はだれでも、手を動かして生産的な仕事をするのがごく自然の姿であり、またそれは知恵さえあればできることだという感覚を取り戻すならば、私は失業問題は消滅し、やがてやらなければならないすべてのことをするにはどうしたらよかろうという、次の問題に取り組めるだろうと思っている。[ p.286 ]

なにか底知れぬ力が湧いてくるような一文ですね。


あまり字数が割けないので次の本に移りましょう。



『都市人類の心のゆくえ』(野田正彰著、NHKブックス)という、なにやら物騒なタイトルの本。

これは人見さんからお借りして読んだものです。

文化精神科学者としての臨床経験をもとに、巨大都市に住む人間の今後の予言めいたものが書かれていました。
驚いたことには、この本が書かれた70年代末に、すでに"大人化した子ども"やギーク(PCオタク)のような人たちがいたのです。「なんだ、今じゃ普通じゃん」なんて思いながら読めてしまえるのが空恐ろしい。
秋葉原が大にぎわいだったり、気持ち悪いくらいにませた子どもタレントがテレビに出ていたりする今日、何が正常で何が異常か、その境界が曖昧になっている感がありますが、そうした傾向自体も著者は明確に指摘していました。自然科学にしろ人文にしろ、現場の人間の推測はかなり鋭く的確だという印象を受けますね。

それはさておき、説得力のある論説調の文を淡々と書いてきて、本書も終わりに近づいた頃、「男は貸しを作るために生きる」と題する節の中で、こんな不思議な箇所に出会いました。


ビッグ・マン["男伊達ある男"の意]以上の生きる意味を男が見つけるとしたら、人生を優美に生きるということのように思う。優美という言葉は唐突にきこえるかもしれないが、身体と心と社会が澱みなく流れている状態をさしている。ビッグ・マンもある固定した社会との関係において、優美に生きているのであるが、人生の優美さはもっと多様である。[p.220]


まさしく唐突で、狐につままれたような感じになりましたね。
「人生を優美に生きる」「身体と心と社会が澱みなく流れる」という示唆に富んだ言葉はしかし、なにか恍惚とさせられるような響きを持っています。幽玄? 涅槃? よく言い表せませんが、とても魅力的な人格を指しているように思われました。



お次は『平家物語』から。

第一巻始まってすぐに「祇王」という章があります。

祇王とは白拍子の上手、その当時世に名高い芸女でしたが、清盛に気に入られ召し抱えられて、たいへん快適な暮らしをしていました。
ところがそこへ、仏御前という新参の遊女が現れます。若くて綺麗なうえ、清盛の前で当意即妙な今様歌を詠んだために、すぐさま気に入られて「ここへ住め」と命じられます。
祇王はというと、同じ遊女としての同情と義理から、仏御前を清盛に取り次いだのですが、皮肉なことに、それによって自身は清盛の寵愛を失って邸を追い出されてしまったのでした。

さて、悲しみにくれていた祇王のもとへ、ある時清盛からこんな音信が届きます。

「仏御前が退屈している。はやく参って今様を詠い、舞を踊って慰めてやれ」

これを聞いただけでも、なるほど清盛とはとんでもない男だと思われることでしょう。

ところで、当の祇王は、恥辱を忍んで清盛の邸に出向きます。慣れ親しんだところへ全くの客人として迎えられ、耐えがたい悲しみのうちに、「さあ、うたえ」と促されて詠った歌が、


仏も昔は凡夫なり 我等も終(つい)には仏なり
いづれも仏性具せる身を へだつるのみこそかなしけれ



昔はただの人だった仏御前が、今では誰もが羨む幸い人。わたくし祇王はかつて誰よりも時めいたけれど、今では後ろ指すらさされかねない日陰者。でも、わたしたちはみな、最後には仏となってあの世に召される運命にある。そうじゃなくって? それなのに、今こうして身の上に雲泥の差があるのはどうしてなの? そのことが、わたしは悲しい...


これを聞いた平家一門の人々は皆、涙を落として感じ入ったそうです。

七五・七五のリズムは、人の心にすっと染み込みやすい趣きがあるような気がします。
自分としては、とくに第三句の醸し出す絶妙な高揚感がたまらなく心地よいですね。



最後にもうひとつ、『平家』の二巻から。

清盛の嫡男・重盛の葛藤の場面です。有名なので知っている方もおられるでしょう。先の大河ドラマでも印象的な演出がありましたっけ。

時の二大権力者である清盛と後白河法皇とが鋭く対立した時のこと。
内大臣という朝廷の重役にあった重盛は、主君である法皇の御所を占拠するための兵を出すよう父から命じられ、忠と孝との葛藤で煩悶します。袖を絞るばかりに涙を流して言ったその言葉が、


悲しき哉君の御ために奉公の忠をいたさんとすれば、迷慮八万の頂より猶たかき父の恩忽ちに忘れんとす。痛ましき哉不孝の罪を逃れんと思へば、君の御ために既に不忠の逆臣となりぬべし。
進退惟谷れり。是非いかにも弁えがたし。



平家の人からその場に居合わせた下々の侍まで、これを聞いて涙を流さぬ者はありませんでした。

このような、読んでいる自分の胸も熱くなってくる劇的な場面が、『平家物語』前半にはたくさんありました。


まだまだ書き足りないのですが、キリがないので今回はこの辺で失礼しましょう。
長々と失礼しました。

皆さまが良い書と出会えますように。
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